プロ野球歴代選手名鑑

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山本斉(ヤクルト)

山本 斉

やまもと・ひとし
生年月日:1989年7月10日
投打  :右投げ右打ち
身長/体重:180cm/87kg
ポジション:投手
出身  :大阪府
ドラフト:2007年高校3位
経歴  :酒田南高校-東京ヤクルトスワローズ(2008~2014)
球種  :ストレート、スライダー、シュート、フォーク、カーブ、たまにカットボール

選手概要

これからという時に、怪我に泣いた右腕。

高校時代は3年夏に県大会準決勝で敗れたものの、延長12回を投げ14三振を奪い、注目を集めた。

2007年の分離ドラフトで高校3位でヤクルトから指名を受け、入団。当時の評判は、最速145kmのストレートと、鋭く曲がるスライダーを投げるというものだった。一方でまだ180cm、77kgと体が細く、体づくりが課題という意見も。

1年目~3年目

1年目の2008年は肩痛で出遅れ、二軍初登板は7月となった。

8月に先発として5回1失点の投球を披露するなど光る部分は見せたが、結局同年は二軍で7試合、0勝1敗、防御率7.20という成績に終わった。この年は20回を投げて与四球15とコントロールに苦しんでいたようだ。

2年目の2009年は二軍で16試合を投げ、1勝3敗、防御率3.75という成績を残すと、10月11日の中日戦で一軍初登板初先発。勝ち星こそつかなかったが、6回3失点と結果を残した。また同年は、一軍登板はこの試合のみだった。

3年目の2010年は春キャンプを一軍で迎え、紅白戦で好投を見せるも右肘靭帯の故障で離脱。6月に二軍戦復帰し、8月に一軍で投げたものの、2回4失点の投球で、すぐに二軍へ戻ることになった。

結局同年は、一軍登板はこの試合のみ。二軍でも10試合、1勝2敗、防御率5.40といまひとつの結果に終わった。

4年目~退団まで

4年目の2011年は開幕ローテーションの座を掴み、4月22日の広島戦でプロ初勝利。

ストレートは140km台と飛び抜けて速くないが、スライダーとシュートの横の揺さぶりに加えて、フォークという縦の変化もあるタイプ。さらにカーブで緩急もつけ、たまにカットボールも投げるなど、多彩な変化球を武器にしていた。

ただ、逆に言えば絶対的な決め球があるわけでもなく、最終的に白星はこの1試合のみ。シーズンを通して12試合、1勝6敗、防御率4.25という成績に終わった。

さらに、オフには疲労骨折していたことが判明。同年4月末から鎮痛剤を飲みながら登板していたが、おそらくその時には既に骨折していたらしい。いまひとつの成績だった理由もそこにあったか。

翌2012年には、キャンプで関節炎、5月に右肘靭帯の手術と怪我続きで、一軍二軍共に登板なし。

翌2013年に二軍で復帰登板を果たすも、6試合、1勝1敗、防御率8.41という結果に終わった。

前年は慣らしということで、本格的な復調が期待された翌2014年だったが、二軍で15試合を投げ、1勝1敗、防御率9.38と前年以上に悪い成績。結果、オフに戦力外となった。

ようやく一軍で投げ始め、いよいよこれからという時期に手術となったことは残念。本格派の先発右腕としての期待は大きかったが。

余談だが、1年目の入寮時にキティちゃんや、くまのプーさんのぬいぐるみを持ち込んでいた。これがないと寝られないとは本人の談。

 

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