永田隆次-東都きっての内野手と呼ばれた

永田 隆次

ながた・りゅうじ
生年月日:1918年9月30日
投打  :右投げ右打ち
身長/体重:5尺5寸(167cm)/17貫(64kg)
ポジション内野手
出身  :愛知県
ドラフト:なし
経歴  :岡崎中学-日本大学-東邦瓦斯-愛知産業-近鉄パールス(1952~1953)

概要

日本大学時代に、東都リーグきっての内野手として名を馳せた選手。

その後はノンプロで活躍。東邦瓦斯を経て在籍した愛知産業では主将として活躍し、都市対抗にも出場した。

当時は、攻守ともに堅実なプレーが売りであったようだ。

1952年に近鉄へ入団するが、既に31歳と高齢であり、あまり成績を残せずに2年で退団している。結局、当時レギュラー二塁手だった山本静雄からポジションを奪い取ることはできなかった。

また、二塁以外に三塁も5試合守ったが、攻守ともに好成績を残せなかった三塁手、宝山省二からもポジションを奪えず。

どうやら、近鉄入団時には既に肩が弱っていたようだが、それが影響したのだろうか?

少なくとも、打撃成績だけ見ると宝山よりはマシなのだが、既に高齢であったことも響いたかもしれない。

 

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