嶋基宏-野村克也の最後の教え子

嶋 基宏

しま・もとひろ
生年月日1984年12月13日
投打  :右投げ右打ち
身長/体重:179cm/82kg
ポジション:捕手
出身  :岐阜県
ドラフト:2006年大社3位
経歴  :中京大学附属中京高校-國學院大學-東北楽天ゴールデンイーグルス(2007~2019)-東京ヤクルトスワローズ(2020~2022)

概要

抜群のリーダーシップを持った捕手。

小学校、中学校から成績優秀で、高校、大学では主将という、野球以外でも非常に優れた人物であることが知られていた。

中京大中京高では内野手だったが、國學院大学で捕手へ転向。攻守ともに活躍し、チームを一部昇格へ導いた。

その守備力の高さを見込まれ、大社3位指名を受けて楽天へ入団。

1年目から開幕一軍入りを果たすと、野村監督に認められ、125試合に出場した。打率こそ.183といまひとつだったが、盗塁阻止率.365となかなかの肩を見せ、リードなどの守備面でも実力を発揮した。

だが、キャッチングでは危うい面を見せており、捕逸や暴投を捕れない場面も。

この面が嫌われたか、2年目の2008年は85試合と出場数を減らした。試合途中にベンチで野村監督から公開説教を受ける場面も見られた。

しかし、翌2009年、106試合に出場すると、2010年は127試合で打率.315、3本、43打点を記録。押しも押されもせぬ正捕手となった。

打撃のアプローチで特徴的だった点が、右打ちの傾向と待ち球スタイル。とにかく球をよく見ており、四球と三振が多かった。

そのため、2010年は90三振と、まるでホームランバッターのような三振数を記録した。

さらに翌2011年には東日本大震災を経験したチームの中で、感動的なスピーチを慈善試合前に披露。このときに発した「見せましょう、野球の底力を」という言葉は感動を呼んだ。

同年は打率こそ.224と低下したが、スピーチを披露した数日後の開幕戦で成瀬善久からホームランを放ったことが忘れられない。球場で見ていたが、綺麗な弾道を描いて楽天ファンが待つレフトスタンドへと消えていった。

このあとも2018年まで安定して出場し、2013年には日本一の立役者となるなど活躍を見せたが、2019年に57試合の出場に留まると、オフにまさかの減俸制限を超える提示を受け、自由契約を決断。

同年は腰痛に苦しみ、攻守に精彩を欠いたこと、40回走られて刺したのが3回(盗塁阻止率.070)と肩に限界を迎えていたことはあるが、チームの精神的主柱を大減俸し、手放したことは驚かされた。

古巣を見返したい2020年だったが、オープン戦で右手を骨折、さらに開幕後に今度は右足を骨折する不運に見舞われ、わずか20試合の出場に。

翌2021年も17試合、2022年には2試合のみの出場となり、シーズン中の9月27日に現役引退を表明した。

振り返ってみると、現役16年で1441試合に出場。間違いなく楽天を支えた名捕手だった。キャッチングに不安があり、肩に不安を持たせたこともあったが、投手やチームを引っ張る役割を果たしたことも忘れらない。

引退後はヤクルトのバッテリーコーチ兼作戦補佐に就任。技術面だけでなく、高い人間性を活かして、選手たちを引っ張る役割を担いたい。

 

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