水沢薫-原監督のマネージャーに転身

水沢 薫

みずさわ・かおる
生年月日:1965年2月18日
投打  :右投げ右打ち
身長/体重:183cm/78kg
ポジション:投手
出身  :秋田県
ドラフト:1986年2位
経歴  :秋田商業-河合楽器-巨人(1987~1992)
持ち球 :ストレート、シュート

※一軍登板なし

概要

社会人時代は日本選手権や都市対抗に出場するなどして活躍。1986年のドラフト2位で巨人に指名された。

プロ入りした時点でリリーフとして育てることが決まっていたようで、1年目の1987年には、二軍で28登板、3勝1敗7セーブ、防御率2.55の成績を残し、最優秀救援投手のタイトルを受賞。

さらに、1989年も29登板、2勝3敗4セーブ、防御率1.87と好投を見せた。

ところが、1990年は二軍でも登板なし。これはどうやら怪我が原因だったようだ。その後、一軍で投げることなく、1992年限りで現役を引退した。

シュートを武器とした投手で、河合楽器に在籍していたためか、ピアノの調律という変わった特技を持っていた。

引退後は巨人でトレーニングコーチを務めたり、原辰徳監督のマネージャーのような仕事をしたりと裏方業務にまわることに。

2013年1月に体調不良のため、仕事から離れたが、2014年1月に肝不全で死去。 48歳という若さだった。 

 

投手「さ行」へ

1990年代退団選手一覧へ