谷口功一-怪我に苦しんだ甲子園優勝投手

谷口 功一

たにぐち・こういち
生年月日:1973年5月4日
投打  :右投げ右打ち
身長/体重:191cm/89kg
ポジション:投手
出身  :大阪府
ドラフト:1991年1位
経歴  :天理高校-読売ジャイアンツ(1992~1997)-西武ライオンズ(1998)-大阪近鉄バファローズ(1999)
持ち球 :ストレート、カーブ、フォーク

概要

天理高校時代の1990年に夏の甲子園優勝。その後、1991年に巨人からドラフト1位を受けて入団した。

 

150km近い速球を武器とする素材型で大いに期待されており、1年目の映像を見るとコンスタントに140台半ばの球を放っている。他にカーブ、フォークも投げていた。

 

ところが2年目に肩を怪我。1993年に一軍初登板を果たしたが結果を残せず、3登板に終わった。その後も結果を残せず、1997年オフに戦力外通告。この年は二軍で22登板、1勝9敗、防御率5.26と悪く、87回1/3を投げて与四球62と制球にも苦しんだ。

 

翌1998年は西武へテスト入団することが出来たが、二軍で22登板、0勝2敗、防御率6.34という成績で、ここも1年で戦力外に。それでも近鉄に拾われた辺り、潜在能力の高さを認められていたのかもしれない。

 

なにがなんでも活躍を見せたい1999年だったが、一軍で4試合に登板するも結果を残せず。やはり、3回1/3を投げて与四球4とコントロールの悪さが目立った。どうも肩の故障をしてからフォームを崩していたようで、それが制球難に繋がったか。

 

オフに三度目の戦力外通告を受けると、アメリカの独立リーグへ入団。NPB復帰のために現役を続けたが、叶わなかった。

 

その後は2008年に長崎セインツの投手コーチに就任したり、関西独立リーグ06BULLSのコーチやゼネラルマネージャーに就任したりと、野球に関わり続けている。

 

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