古谷法夫-開幕戦で失踪

古谷 法夫

ふるや・のりお
生年月日1921年7月27日
投打  :右投げ右打ち
身長/体重:5尺6寸(約170cm)体重:16貫(60kg)
ポジション:投手
出身  :栃木県
ドラフト:なし
経歴  :宇都宮実業-法政大学-東京鉄道局-川崎コロムビア-国鉄スワローズ(1950~1955)
球種  :ストレート、ドロップ、カーブ

概要

社会人時代は1942年と1946年に都市対抗へ出場する活躍を見せた選手で、川崎コロムビア移籍後は野本喜一郎と共にプレーした。プロへは1950年国鉄創立時に入団。この時28歳だった。

プロ1年目ながら国鉄初代開幕投手に選ばれるが、そのプレッシャーに負けて突如失踪してしまうハプニングを起こした。後に発見されたが、罰金をとられてしまったようだ。こんな騒動もあったが、選手層が薄い初年度の国鉄では49試合、233回を投げている。

2年目以降はリリーフに転向。だが、徐々に登板数が減っていき、1955年を最後に引退した。

引退後は社会人の監督を務めていたが、野村克也が南海・プレイングマネージャーになった1970年に投手コーチとなった。

ドロップとカーブを投げ分ける投手で、コントロールがよかった。

 

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