捕球に不安も強肩を見せつけた-齋藤俊雄

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齋藤 俊雄

さいとう・としお
生年月日:1983年12月23日
投打  :右投げ右打ち
身長/体重:180cm 85kg
ポジション:捕手
出身  :愛知県
ドラフト:2004年ドラフト10位
経歴  :豊田大谷高校-三菱自動車岡崎-横浜ベイスターズ(2005〜2009)-千葉ロッテマリーンズ(2010)-オリックス・バファローズ(2011〜2016) 

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概要

高校通算47本塁打を記録した捕手。

卒業後は社会人の三菱自動車岡崎に進んだが、親会社の不祥事により野球部が活動休止。 その後2004年のドラフトで横浜から10位指名を受けて入団した。

 

しかし高校時代に光った打撃は影を潜め、1年目は二軍で38試合出場して打率.160(75-12)、3本塁打。パンチ力を見せつけたが確実性に課題を残した。

 

2年目の2006年は63試合と出番を増やしたが、打率.185(151-28)、3本塁打と、率が伸びない。

2007年も65試合で打率.179(151-27)、4本塁打と打撃に課題を残し続けたが、2008年に二軍で打率.244(90-22)0本塁打と打率を伸ばすと、一軍戦に初出場。打率こそ.179(39-7)だが、25試合に出場した。

 

相川亮二が移籍して迎えた2009年はチャンス到来の年だったが、野口寿浩(17試合出場)、細山田武史(88試合出場)、武山真吾(49試合出場)、新沼慎二(34試合出場)とライバルが多く、20試合の出場に留まった。

 

強肩には光るものがあったが、それ以外は今ひとつという印象で、持ち前のパンチ力も一軍では活かせず。キャッチングも危うい部分を見せていた。

オフに那須野巧と共に、清水直行との交換でロッテへと移籍。

2010年は里崎智也の故障があり、21試合に出場できたが、二番手捕手の座は的場直樹に譲ってしまった。前述したキャッチングの不安が出場機会を減らした感があり、特に小林宏之のスライダーを捕れなかった試合は、首脳陣からすると印象が悪かったのでは。

 

さらにオフに光原逸裕とのトレードでオリックスへと移籍。移籍1年目の2011年は35試合で打率.243と光るものを見せた。だが、守備ではリーグ最多となる7捕逸。35試合の出場でこの多さは目立った。

 

翌2012年は自己最多となる51試合に出場するが、打率.207。

しかし、これは捕手のリードに問題の責任を問うことが多い、岡田彰布監督が捕手のレギュラーを変え続けた結果だった。日高剛伊藤光、齋藤の3人は、投手陣が打たれた原因の槍玉に挙げられることも多々あった。

 

2013年に22試合出場した以降は2年間一軍出場無し。2016年に1試合出場すると、オフに戦力外となった。

 

肩の強さには目を見張るものがあったが、不安定なキャッチングがあったことも事実。

それでも、ドラフト10位指名から10年以上プレーし続けた点は見事。

 

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