王キラーとして名を馳せた-ピーター・バーンサイド

バーンサイド

Pete Burnside
生年月日:1930年7月2日生まれ
投打:左投げ右打ち
身長/体重:188cm 82kg
ポジション:投手
出身  :アメリ
ドラフト:なし
経歴  :ダートマス大学-NYジャイアンツ-?-セネタース-オリオールズ-セネタース-阪神タイガース(1964~1965)
持ち球 : ストレート、大小2つのカーブ、スライダー、時々スクリューとナックル

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概要

阪神でバッキー、村山実と共に先発として活躍した投手。

 

1964年に入団すると、29試合、先発19試合に登板して、負け越したものの防御率3.36と結果を残した。

翌1965年も防御率2.91と好投を見せたが、打線の援護に恵まれず14敗したことが効いたか、自由契約となった。

 

巨人軍、特に王貞治に対して相性がよく、1本も本塁打を打たれなかったことで知られた。

フォームは、上体があまりスムーズではない横手投げ。

ストレートのスピードはそこまでないが、変化球を低めに集めてゴロを打たせる丁寧なピッチングが身上。特に1965年は164回1/3を投げてわずか54奪三振と、驚くほど三振が少なかった。

大小二つのカーブとスライダーを主に投げ、時折スクリューとナックルも投げたようだ。

登板するごとにメモをとり、新聞を切り抜き、登板しない日にはスコアブックをとる熱心な研究家でもあった。

退団翌年の1966年、阪神バーンサイドの獲得に闇ドルをつかっていた疑惑が持ち上がったが詳細は不明。

 

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